語りを聴くということ


このところ余裕がなかった。
まとめなくちゃいけない検査レポートが数件。
夏休み明けの学校はどこか落ち着きがなくて忙しく。
学会準備は進まず,逃げたい思い・・・。
それでも昨日はアーサー・フランク氏の講演に出かけた。


フランクの講演ではnarrative templateとして
“restitution narrative”“chaos narrative”“quest narrative”が挙げられた。
専門家はしばしば混沌とした語りに付き添いきれず,
回復の語りに持っていこうとしてしまいがちだという。
何度も長い時間かけて語りを真に聴き取ることの重要性が指摘されていた。
私ははじめ「それって当たり前のことじゃないのか」なんて思ってしまったけれども,
改めて自分の実践を振り返ってみると,やっぱり難しいことだと感じる。


どれだけ患者さんに寄り添い,chaosに付き合えるか。
その中でいかにして共同的に語りを作り出していけるか。


私の臨床の師は,しばしば私たちに向かって
「ザル目,ザル耳,ザル頭」と厳しいお言葉を投げかける。
きちんと見て,聴いて,考える。これは意外と難しい。
例えば相手の話を聴いているつもりでも,
いつのまにか自分の主観が混じって,勝手な理解をしていたりする。


そんな自分の姿を改めて見直す機会になった。